会長の部屋|創業者である野田泰義の生涯と功績|KTX株式会社

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KTX株式会社 創業者 野田泰義

創業者 野田泰義

科学万能主義ではどこかで行き詰まる時が来る。
「自然力」を養い、融合させなければならない。

偉大な電気鋳造技術者として国内はもちろん、世界中で高い評価を受けるKTX株式会社の創業者、野田泰義。野田泰義が技術者として生み出した新たな技術はやがて世界のスタンダードに昇華するほど、社会に対する強い影響力を与えました。
そんな野田泰義の生涯と功績をご紹介します。

目次

会長の部屋

1.やがて人生を捧げる電気鋳造との出会い

1941年に名古屋市で誕生した野田泰義。やがて電気鋳造に出会い、数奇なめぐりあわせで会社を立ち上げることになります。
野田泰義はのちに語っています。「形なきものから形にする喜び。そして、形にするプロセスを幾通りも考え、さらに発展させていく喜び。加えて形になり世に出て目に触れ、人々の生活の中で使われる喜びではないか」
時と場所を変えながら、野田泰義は常に電気鋳造への想いを灯しつづけました。人のため、そして、生き生きと暮らせる社会の実現のために、人生をささげているのです。

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2.考え方の礎を築いた、老師による教え 

1959年の年始、野田泰義は正眼寺にて二人の老師と出会いました。正眼短期大学(現 花園大学)を創設した梶浦逸外と、のちに同大学の学長を務める谷耕月です。梶浦逸外からは「正しい謀を立て、それに向かって一生進むこと」、そして谷耕月からは「理論だけでなく実行し、窮地に立ってもチャンスと思って励み、一国一城の主になること」という教えを受けました。
この二人からの学びは、今なお野田泰義の考え方の基礎となっています。

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3.踏み出した、電気鋳造への一歩

鋳造所で働く従兄が作業中に火傷を負ったことから、より安全で便利な「電気鋳造」について野田泰義は考えるようになりました。
正眼寺で出会った梶浦老師の「正しい謀であれば必ず成就する」という教えにもとづき、起業の原点が「人のため、家族のため、社会のため」であったことは、必然だったのかもしれません。
高校卒業後、野田泰義はウレタンを主な商材とする井上護謨工業株式会社(現 株式会社イノアックコーポレーション)に就職します。これを境に、野田泰義は電気鋳造という頂(いただき)に向かい、見えない階段をのぼりはじることとなりました。

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4.運命的なめぐりあわせ①
~電気鋳造による生産用金型の製作~

就職先では、硬質ウレタンの作業に携わった、野田泰義。しかしながら劣悪な環境下での作業により、徐々に不調をきたすようになりました。体調を気遣った上司のおかげで、設計担当に配置変更された野田泰義は、そこから本格的に電気鋳造に携わります。偶然にも自動車部品の金型を電気鋳造で生産することになったのです。
体調が優れず、睡眠不足が続く中、ついに電気鋳造技術を用いて生産用金型を作り上げました。

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5.運命的なめぐりあわせ②
~電気鋳造による飾り金物の製造~

体調が悪化した野田泰義は退社を決意。伯父の営む仏壇製造業で働きはじめます。当時は伊勢湾台風の特需を背景に、飾り金物師が不足していました。そこで野田泰義は小さな倉庫を改造して銅電鋳設備を整備し、電鋳金物の製造を開始。ここでも意図せず電気鋳造に関わることになったのです。
この経験と伯父の経営理念は、野田泰義の独立にあたり大きな影響を与えました。

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6.江南特殊工業の創業(現 KTX)

電鋳との強い縁を感じた野田泰義は「自分の使命は電鋳である」と決意し、江南特殊工業を起業します。ところが、まったく仕事もなく、なかなか順調にはいかなかったのです。さらに悪いことは続き、起業から8年目にはオイルショックによる品不足や原材料の高騰といった問題が発生。会社を維持するためにどうすべきか、野田泰義は常に頭を悩ませていました。
そんなとき、アメリカのビニール塗装材料「ユティカラー」が国内でフランチャイズ店を募集すると知り、迷わず愛知県全体の権利を取得することに。喫茶店の壁の洗浄からイスの張り替えまで、会社の維持のためにできることは何でもやりました。

不安定な時代でも「電鋳の火は消してはならぬ」という思いを、野田泰義は強く持ちつづけていました。一人の社員に研究を託し、電鋳の研究を続けていたのです。
オイルショックの波が去ると、状況は急速に回復。精度の高い電鋳型を安定して製作できるようになり、徐々に受注は増加しました。その後、事業が順調に進んだおかげで移転した工場は、現在も本社の一部になっています。

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7.失敗からヒントを得た、穴あき電鋳の完成

1982年、失敗して穴だらけになった電鋳を見た野田泰義は、ポーラス電鋳®のアイデアを思いつきました。そこで、研究を託していた社員に依頼し、たった1年で0.1mmほどの穴あき電鋳を完成させたのです。
特許申請後、ホンダエンジニアリング様に持ち込むことに。すでに樹脂型の開発を終えていたという理由で、見事に断られてしまいました。その結果に納得できなかった野田泰義は、改めて実際のポーラス電鋳®金型とサンプルを、再度持ち込んだのです。その仕上がりの良さが評価され、ポーラス電鋳の採用が決定。ホンダエンジニアリング様とともに改良を重ね、江南特殊工業としてついにポーラス電鋳技術を完全に確立させることとなりました。

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8.世界に認められた、ポーラス電鋳® 

1997年、フォードが世界中の車のインストルメントパネル(通称インパネ)について、軽量化、生産性=コスト、リサイクル性、デザインに対してのフリキシビリティ性、省エネ性の5つをポイントに調査していました。そのフォードが注目したのは、ホンダエンジニアリングの「アコード」。そのインパネこそ、江南特殊工業製だったのです。フォード向けに製作したポーラス電鋳は、高く評価されました。それをきっかけに、クライスラー社やGM社……と、北米でも順調に認知されていくのです。現在もなお、GM社とはインパネのさらなる見栄え性向上にむけて継続して取り組んでおり、その結果は世界中のインパネ関係者から注目が集まっています。

受賞歴

  • 2005年 経済産業省「ものづくり日本大賞 特別賞」受章
  • 2010年 「藍綬褒章」受章
  • 2014年 名古屋産業人クラブより「永井嘉吉記念賞」受賞
  • 2015年 日刊工業新聞社より「優秀経営者顕彰」 日刊工業新聞社賞 受賞
  • 2017年 「ポーラス電鋳®」の功績によって「旭日双光章」受章
  • 2018年 「紺綬褒章」受章
  • 2020年 型技術協会賞「功績賞」受賞

ポーラス電鋳®に
対する想い

会長の部屋
ポーラス電鋳®とともに、
歩み続けてきた創業者の意志と技術の継承

電気鋳造技術の研究開発に着手してから、半世紀を歩んだことになります。
電鋳こそが私に課せられた天命と定め、幾多の新技術を開発し、電鋳技術の使用使途を世の中に広く提案してまいりました。

KTX株式会社の会社経営は「コツコツドンドン、コツドンドン」と、リズム感をもって事業運営し、「コツで蓄え、ドンで使う」の繰り返しで今日に至りました。いいお客様と熱意のある従業員との出逢いが、KTXの素晴らしい半世紀の成果物となっております。

ポーラス電鋳の技術開発を終えて、世に提供できるようになって以来、KTX株式会社は独自の電気鋳造(注)の新技術開発に注力してまいりました。設計段階から製作過程における生産コストの削減、軽量化・リサイクル・省エネルギーの実現のほか見映え性のある製品の提供など、地球環境保全の提案型企業として、次世代に繋げていくのがこれからの私の使命だと考えております。

引き続き、KTX株式会社の未来にご期待を賜りますよう、ご支援ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

創業者 取締役会長 野田 泰義

電気鋳造とは、表面仕上げの技術である「めっき」を厚くした方法でたたみ一畳からナノレベルまで、再現可能な金属転写技術です。電鋳はモデル(原型)を転写させ、複製する技術としては、世界最高水準の表面精度を有しています。製作するには浴槽にモデルを入れ、電気化学反応で金属イオンをモデル表面に析出させることにより製作します。

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「見えない世界の大切さ」

野田 泰義 著

創業者で会長の野田泰義氏自身の半生を振り返った「見えない世界の大切さ」が、中部経済新聞社のマイウェイ新書から発売されています。

少年時代に鋳物工場で、やけどを負いながらも懸命に働く従兄弟の姿を見て、電気鋳造が実現できないかと考える。電気冷蔵庫に電気洗濯機……。当時は、電気がすべて解決してくれる時代。「電気で従兄弟を助けたい」との切実な思いが、電気鋳造の世界に身を投じるきっかけになった。
当初、電気鋳造の仕事は、ほとんどこなかった。それでも「家族のため、社会のためになるからこそ電鋳をやる」と、使命感を胸に奮闘する日々。するとまるで、導かれるかのように次々と追い風が吹き始めた。
起業から17年後の1982年、ついに実用化困難といわれた高度な技術「ポーラス電鋳®」の開発にも成功。高品質な部品を安定生産できる金型を待ち望んでいた、国内や海外の自動車メーカーをあっと驚かせたのである。

歩み続けてきた電鋳の道。「目に見えない自然力に導かれてきた。自分は生かされている」と感謝する。
「正しい考えであれば、必ず成就できることを伝えたい」という意思のもと執筆となった一冊です。

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「破天荒でいいんだ」

篠原 弘明 著

日本国内はもとより、世界各国の自動車メーカーと取引がある、KTX株式会社。独自の技術であるポーラス電鋳®の開発提案とともに、行政や国内・海外の企業から、技術開発提案企業、法令倫理遵守企業および環境保全推進企業として多くの栄誉を受けています。そんな日本発の新技術で世界に挑戦し続ける同社を、一代で築き上げた創業者・野田泰義氏の半生と独特の世界観を描きます。

本記載は、野田泰義の知見・見解等に
基づく内容となっております。